カルテ開示の当事者研究
私の2回目の精神科入院カルテ
カルテ開示の当事者研究
私の1回目の精神科入院は2005年でした。このときは任意入院でした。退院後、うつ病の治療と服薬を欠かさず続けてきましたが、2023年に躁状態となり、同年10月下旬、2回目の精神科入院がありました。医療保護入院でした。
精神科救急急性期病棟への入院、「隔離」「身体拘束」「通信制限」、電気けいれん療法(mECT)12回、異常な食べ方(早食い等)による誤嚥性肺炎への罹患などを経験しました。
病状やmECTの影響などで、入院中の記憶がない部分や断片的にしか覚えてない部分も多かったため、私は入院した病院にカルテの開示請求を行ないました。
自分の病状はどのようなものだったのか、そして、どのように回復していったのか、私は知りたかったのです。また、躁状態になると自分がどのようになるのかを知って、それを今後の双極性障害との付き合い方や向き合い方に活かせるのではないかと思いました。
さらに、当事者研究の視点から診療録と看護記録を読むのも面白いのではないかと思いました。
カルテの開示請求をして、医師の診療録、看護記録、作業療法士(OT)記録、精神保健福祉士(PSW)記録、薬歴簿などを読みました。
自身の精神科病院入院カルテを読んで、気づいたことや感じたこと、考えたことなどを、2024年の「第67回日本病院・地域精神医学会総会兵庫大会」で一般演題として発表しました。
演題名
「自分自身の精神科病院の入院カルテ開示から自身の<病気>を振り返り、今後の<わたしの人生>に活かす試み ~医師の診療録と看護記録、PSW記録等を読んで~」
以下はその内容です。
入院中に私は精神科救急急性期病棟でこのように発言していました。
演題発表前の腹ごしらえ
私のカルテ開示希望目的
①病状やmECTの影響で、入院中の記憶がない部分、断片的にしか覚えていない部分も多いので、それらを診療録と看護記録等から客観的に確かめる
②自分の病状や回復の推移を客観的に振り返る
③自分が躁状態になるとどのようになるのかを知る⇒今後の自分と双極性障害との付き合い方・向き合い方に活かす
④看護師等のスタッフが「してくれた」ことの意味や意図、背景などを知る
⑤当事者研究の視点から、診療録と看護記録等を読む
実際に自分の入院カルテを読んでみて、以下のことを感じて、気づかされた。
・自分の躁状態は、このようなものだったのか、記憶にない部分もいろいろあった
・入院カルテを読んでいて思い出した部分もいろいろとあり、自分の頭の中で「点と点」がつながって「線」になってゆく感覚で、大変興味深く、面白かった
・「隔離」や「身体拘束」がなぜ行われたのか、その背景や理由を伺い知ることができた
身体拘束に至った背景および理由
入院して5日後に保護室で24時間隔離となった。異常な食べ方(早食い等)が原因で、誤嚥性肺炎に罹患した。そのため、点滴(ポタコールRとロセフィン)が行なわれたが、私が「この点滴は毒だ!!この点滴を続けると、私は死んでしまう!!」と思い、私は点滴のクレンメを2回いじって完全に止めてしまった。看護師から注意を受けたが、さらに、私は点滴を自己抜去すること2回。そのため、精神保健指定医が診察し、身体拘束を決定した、という経緯がわかった。
・自分の「記憶」や「主観」とのズレも多々あった。
(例)「筋注」について
自分の「記憶」「主観」では・・・打たれたのは1回。まぁ、多くても2回かな?と思っていた
↓ ↓
看護記録と薬歴簿で確認すると・・・7回
また、看護記録と薬歴簿を読んで、注射された薬剤名は「ジプレキサ」なのだとわかった。
入院カルテを読んで、「一番具合が悪かった頃の自分」の姿や言動を知り、そういうときの自分は、いかに「普段の自分」=「本来の自分」から大きくはずれてしまうのか、また、「人が精神を病むということの奥深さ」を痛感した。
私が双極性障害と向き合い・付き合いながら人生を生きてゆくうえで、入院カルテから読み取れたものも<考えるヒント>として、参考にし、今後の<わたしの人生>=「双極性障害と共に自分らしく充実した<生>を生きる」ということに活かしてゆきたい。
当事者が自身の入院カルテを読んで、それをもとに、知りたいことや疑問に思っていることなどを主治医に問いかけ、投げかけ、<対話する>ことも可能なのではないだろうか?
また、当事者が自身の入院カルテを読むということは、「患者が主体的に治療に参加して関わってゆく精神科医療」や「精神科医療における、医師-患者の治療関係のあり方」を改めて問う、1つのきっかけになる可能性があるのではないだろうか?
そして、2025年、「第68回日本病院・地域精神医学会総会帯広大会」で、そのテーマの続報を一般演題として発表しました。
https://www.oe-hospital.or.jp/byochi68th/
演題名
「当事者が自身の精神科入院カルテを開示請求して『読む』ことをめぐって ~その意義と可能性、展望、課題点などの考察~」
以下はその内容です。
演題発表前の腹ごしらえ
「夜のスープカレー屋さん」にて
演題発表後の腹ごしらえ
精神科のカルテ開示に関する歴史的経緯
歴史的に見て、精神科領域におけるカルテ開示に関しては、否定的な意見や批判的な意見も少なくなかった
当事者が自身の精神科入院カルテを開示請求して「読む」意義
①入院カルテを読むことによって、喪失していた記憶や断片化された記憶を再構成することができる
②自身の「記憶」を、「記録」(=カルテ)と照らし合わせてみることができる
⇒「記憶」と「記録」の間のズレを認識することがある
③どのような治療が行われたのか、どのような服薬内容であったのか、援助者の対応などが詳細に具体的にわかる
④自分がどのような病状や状態であったのか、そしてそこからどのように「回復」していったのかが詳細にわかる
⇒「自分が<生きた>物語」の再構成・再認識・再確認につながる
⑤当事者研究の1つのアプローチとして
当事者研究=当事者や仲間の体験や思いを大切にしながら進めてゆくもの
+
それに、カルテという第三者の「記録」を参照しながら進めてゆくことで、より「立体的・重層的な当事者研究」になってゆく可能性があるのではないだろうか?
当事者が自身の精神科入院カルテを開示請求して「読む」課題点
①当事者の中で、カルテの開示請求について仕組みや方法があまり知られていない
②開示請求しても、開示を認めない病院や、一部を開示する病院もある
③当事者がカルテを読んで疑問に思ったことや知りたいと思ったことに関して、どのようにするのか?
④当事者が専門用語や薬の名前などがわからないことがある
⑤当事者が入院カルテを「読む」ということは、一種の「心理的な直面化」であり、「読む」時期=タイミングをよく考えて選ぶ(決める)のは、とても大切なことなのではないだろうか?
⑥当事者の「知る権利」「知りたい願い」と、家族の「思い」や「立場」「利害」、そして「個人情報保護法」=「情報公開」との3つの関係性・相関関係⇒<トライアングル>
⑦入院カルテは専門職による記録であり、その専門職の主観や見方・捉え方も入っており、記載ミスや誤解などもあり得る。悪質な病院などは、病院にとって都合の悪いことは、記録に残さないか、都合の良いように書くか、記録を改ざんする可能性も考えられる。
よって・・・
入院カルテも「相対化」して読むことがとても大切なのではないだろうか?
多種多様な入院カルテの読み方の提案
①当事者が1人で読む。そして、主治医と<対話>する
②グループで読む
(a)当事者のグループで読む
(b)当事者のグループに、第三者の専門職「ゲストコメンテーター」を招いて、みんなで読む
③当事者が信頼できる支援者と一緒に読む
結語
当事者が自身の入院カルテを読むことは、意義と可能性があるのと同時に、いくつかの課題点や留意点などもある。
まず、読むタイミングを含めて、当事者が充分に納得したうえで読むことが大切なポイントである。
当事者が主体的に読む(読むかどうか決めることを含めて)ことが重要であり、「病気の理解のため」や「アセスメントのため」などの理由で他者(支援者や専門家など)にカルテを読むように促されて読むようなことはあってはならない。
当事者が自身の入院カルテを読むことは、「患者が主体的に治療に参加して関わってゆく精神科医療」や「精神科医療における、医師-患者の治療関係のあり方」を改めて問う、1つのきっかけになる可能性があると考える。
当事者が、精神障害と共に「主体的に充実した人生を生きてゆく」ための・・・「入院カルテ開示」
そのような方向性・未来志向のカルテ開示がもっともっとあっても良いのではないだろうか。
カルテ開示の当事者研究が雑誌『精神看護』に掲載されました
医学書院『精神看護』2025年3月号に
「■特別記事 自分の精神科病院入院カルテを開示請求し、読んでみた。──そこから見えてきたこと、考えたこと」(松平隆史)が載りました。
