修正型電気けいれん療法(ECT)を経験して

~思ったこと・感じたこと・考えたこと~

電気けいれん療法を受けるまでの経緯

2023年の秋、私は夜寝なくなり、多弁になってゆきました。

自宅で徹夜してパソコンをするようになり、精神科病院に入院になりました。

医療保護入院でした。

精神科救急急性期病棟への入院でした。

入院して5日後に24時間隔離となり、通信制限を受けました。 







入院してお薬は抗うつ薬のトリプタノールからバルプロ酸ナトリウムに変わり、それを飲んだのですが、高アンモニア血症という副作用が生じました。

アリピプラゾール(商品名:エビリファイ)やオランザピン(商品名:ジプレキサ)も飲みましたが、肝機能障害が生じました。

睡眠薬のサイレースを1mg、そして2mgを飲みましたが、私は寝ませんでした。

そのため、修正型電気けいれん療法(mECT)の実施が決まりました。

主治医からそれを言われたときのことは覚えています。

言われたときは何とも言えない気持ちで、だんだんとそれを受け入れてゆく感じでした。




電気けいれん療法の実施

修正型電気けいれん療法(mECT)は、計12回実施されました。週2回・6週間でした。

 

実施の前の夜から水は飲めませんでした。

そのため、口が乾き、看護師さんにお願いして、うがいをさせてもらいました。

 

実施の日、病室で弾性ストッキングに履き替えました。

初回に「弾性(だんせい)ストッキング」と聞いたとき、私は「男性ストッキング」だと思い、「ストッキングにも男性用と女性用があるのかぁ~」と思ってしまいました。

弾性ストッキングは血栓予防のために履くと看護師さんから聞きました。

この弾性ストッキングは、看護師さんは人によって、履かせるのにひと苦労していました。

履かせづらいストッキングのようでした。

 

ストレッチャーが病室まで来て、それに寝て、地下にあるECT室まで運ばれました。

途中、私はエレベーターで、ストレッチャーに寝ながらエレベーターの階数のボタンを押そうとしたのを覚えています。

 

ECT室に入ると、男性の医師と女性の医師、看護師さんが4~5名ほどいました。

男性医師は精神科医で、女性医師は麻酔科医でした。

私はストレッチャーから台に移乗され、看護師さん、そして男性医師から声をかけられました。

看護師さんから病棟の名前と自分の名前を聞かれました。

私は男性医師に対して、「電パチですね!!」と言いました。

「電パチ」とは、昔、電気ショックを指して言われていた言葉です。

その男性医師は年配の方で、「古いこと言うねえ~」と言いました。

私は、年配の医師だからわかるに違いないと思い、「電パチ」と言いました。

女性医師や看護師さんたちは特に反応はありませんでした。

 

女性医師から声をかけられ、全身麻酔が始まりました。

筋弛緩剤は「レラキシン」で、麻酔薬は「プロポフォール」でした。

マイケル・ジャクソンが使用していたのもプロポフォールでした。

腕に冷たい感覚がだんだんと伝わってきました。

そして、視界が暗くなり・・・

 

気がつくと、私の病室でした。

目が覚めた瞬間・・・

「今、自分はどこにいるのか?ここはどこか?」「今は、何年の何月なのか?」「私は何のためにここにいるのか?」などがまったくわかりませんでした。また、このとき、身体拘束中でした。

そして、このときは、異常な食べ方(早食い等)が原因で誤嚥性肺炎に罹患中でした。

そのため、痰の吸引もしていました。

看護師さんはどきどき病室に来てくれましたが、それ以外の時間は病室に一人で、痰がゼロゼロしていました。

電気けいれん療法(mECT)の1回目と2回目は、身体拘束中でした。点滴もしていました。

 

水が飲めるようになるまで約2時間。

口が乾くのと、身体拘束されて身動きがまったく取れない私でした。

 

修正型電気けいれん療法(mECT)ですが、2回目以降も、通電のあと、病室で目が覚めると、「今、どこにいるのか?ここはどこか?」「今は、何年の何月なのか?」「私は何のためにここにいるのか?」がわかりませんでした。それも驚きました。1回目だけかと思っていたら、2回目以降もそうでした。

 

人の頭に電気を流すのですから、それ相応の影響はあるのだな、と思います。

と同時に、修正型電気けいれん療法(mECT)を実施するに至らないようにする治療のあり方やケアの質の向上も追求してゆく必要があるのではないかと思います。