~アクセルとブレーキ、3つの調整軸を心がけて~
私とうつ病、双極性障害
私は2004年に「うつ病」を発症しました。2004年1月に精神科クリニックを受診して、精神科の通院と服薬が始まりました。初めて飲んだ精神科のお薬は抗うつ薬のドグマチールと安定剤のソラナックスでした。
通院と服薬を続けていましたが、2005年に死にたい気持ちがどんどん増して行って、オーバードーズ(過量服薬)をしてしまいました。そのとき飲んだのは睡眠薬のサイレース約80錠と安定剤のソラナックス約30錠でした。それで、精神科病院に入院しました。このときは任意入院でした。
その後も精神科の通院と服薬を欠かさず続けてきましたが、2023年秋に躁状態となって、夜寝なくなり、精神科病院に入院しました。このときは医療保護入院でした。入院してすぐに病名は「うつ病」から「双極性障害」(躁うつ病)に変わりました。
2回目の入院後、心がけていることは
私は「双極性障害」です。「双極性障害」は、Ⅰ型とⅡ型があります。私はⅠ型のほうです。入院中に主治医に聞いて、教えてもらいました。Ⅰ型の人は、私の2回目の入院の際のような、生活や仕事に重大な支障をきたすような躁状態が起こります。うつ状態にもなります。Ⅱ型の人は、「軽躁状態」と「うつ状態」の両方が起こります。
私が「双極性障害」と共に生きていくうえで大切にしているポイントが、「活動と休息のバランス」です。車に例えて言うと、アクセルとブレーキのバランスです。アクセルが活動で、ブレーキが休息です。
普段生活していて、「自分がやりたいこと」や「やらなければならないこと」は、日々いろいろとあります。そうした中で、「あれもこれも」「どれも全部やろう」「がんばってでも、どれもやろう」「やらなくちゃいけない」と思って、何気なくやっていると、ついついアクセルを踏みすぎてしまうことがあります。アクセルを踏みすぎてしまうと、活動量が増して、自分では知らないうちに心身の両面の疲れがたまってゆき、夜の睡眠時間も短くなります。そうなると「軽躁状態」になり、自分の「センサー」が壊れてゆき、さらにアクセルを踏み続けてゆくと「躁状態」になります。そうなると、入院になる可能性もあります。なので、そうならないように自分でもよく意識して心がけています。
では、どう気をつけているかと言うと・・・
「自分がやりたいこと」や「やらなければならないこと」に、優先順位や、やる順番を決めています。そして、「やらなければならないこと」のうち、期限があるものに関しては、それを意識して、それにも優先順位をつけて、やる順番を決めて、1つ1つやって行っています。「自分がやりたいこと」も、時には、いったん棚上げ⇒後回しにする事柄もあります。何より、「無理しないこと」を心がけています。また、妻を始め、周りの人から「無理しないでね」と言われたときは、「自分では気づかなかったけど、自分は今無理をしているのだな」「それは、ありがたい気づきだな」と思って、ひと休みしたり、活動量やスケジュールの調整をしたりするようにしています。
具体的には、私は手帳を使っています。スケジュールを立てる際に、「1日」・「1週間」・「1ヶ月」の3つの軸を意識して、スケジュールを入れて、調整しています。1日の中での活動と休息のバランス、1週間を通しての活動と休息のバランス、そして、1ヶ月単位での活動と休息のバランスをよく見て、予定を入れたり、休息の日を作ったりしています。自分でもよく意識して、休息の日や時間を設けています。アクセルを踏んだ分=活動をした分だけ、ブレーキを踏む=休息を取るのを心がけています。
双極性障害と共に生きる
私は、「双極性障害」と共にこれからも自分らしく充実した人生を送ってゆきたいと思っています。そのために、上記のことをよく心がけて、日々生活しています。「躁」と「うつ」・・・まさに「波」があるわけですが、その「波」とうまく付き合いながら、自分なりに「波乗り」しながら、生きてゆきたいです。精神障害があるからと言って、自分がやりたいことのすべてができないわけではありません。かと言って、「自分がやりたいこと」を自分が思いつくがままに何でもどんどんポンポンやって行っては、自分が気づかないうちに心身の疲れがたまって行ってしまいます。それが「軽躁状態」につながり、さらにアクセルを踏み続けてゆくと「躁状態」となって、入院になる・・・結局は、「自分が一番望まない結果」になる、と思っています。そうならないように、自分でも心がけています。精神障害と共に自分らしい充実した人生を生きてゆくうえで、「折り合い」をつけることや「工夫」も大事だと思います。
最後に。
2回目の入院後の私のモットーです。
「無理せず、ぼちぼち、一歩一歩、自分らしく。疲れたら・・・ちょっと立ち止まって、ひと休みしながら」
