自己紹介
~私と精神医療・福祉との歴史~
私は1976年(昭和51年)東京都生まれです。
幼い頃から吃音(きつもん:どもり)がありました。
大学は教育学部社会科学専修でした。入ったサークルの先輩たちが都内の「精神病院」で夜間の看護助手のアルバイトをしていました。先輩たちはサークル部室でよくその話題をしていて、私は興味を持ちました。私もそのアルバイトをしてみたいと思い、先輩たちに言って、空きが出るのを待ちました。大学2年生になるときにそのアルバイトを始めました。やっていくうちに、精神医療にどんどん興味を持ち、大学卒業後は看護学校へ入って看護師になろうと思いました。
そうしたところ、大学3年生の時、1997年に国会で精神保健福祉士法が成立し、看護師になるか精神保健福祉士になるか迷いましたが、自分は精神科ソーシャルワーカー(精神保健福祉士)になりたいと思い、大学卒業後すぐに福祉の専門学校の精神保健福祉士養成学科に入りました。1年間の授業を受け、2回の実習をして、2000年に第2回精神保健福祉士国家試験を受け、合格し、精神保健福祉士を取得しました。
精神保健福祉士として初めての臨床の場は、総合病院の精神科デイケアでした。そこで5年ほど働きました。
そのあいだに、私自身がうつ病を発症しました。2004年1月が精神科の初診でした。以来、精神科の通院と服薬を今日まで続けてきました。
2005年に希死念慮が高まり、オーバードーズ(睡眠薬サイレース約80錠と安定剤ソラナックス約30錠)があり、1回目の精神科入院がありました。任意入院でした。退院後、その病院の外来とデイケアに通いました。
2007年から2018年までまた精神保健福祉士として働きました。地域活動支援センターⅠ型(計3ヶ所)と就労継続支援B型事業所です。
2018年に「もう精神科の臨床はしんどい」と思い、主治医と相談して、ハローワークの専門援助部門を使って障害者雇用で通信系会社に就職しました。その仕事を続けていましたが、2023年秋に躁状態となってしまい、2回目の入院がありました。このときは医療保護入院でした。病名は「うつ病」から「双極性障害」(躁うつ病)に変更となりました。1回目の入院とは違って精神科救急急性期病棟への入院で、「隔離」や「身体拘束」「通信制限」を受け、修正型電気けいれん療法(mECT)も12回受けました。異常な食べ方(早食い等)が原因で誤嚥性肺炎に罹患しました。東京都精神医療審査会へ退院請求と処遇改善請求を行いました。
2024年2月に退院しました。
2025年3月、結婚に伴い、東京都から長野県松本市へ引っ越しました。7月に「精神障害当事者会ひびき」という団体を立ち上げて、活動しています。月1回「お話会」を行っています。
私は精神保健福祉士と当事者の両方の立場と経験から、精神保健福祉に関する諸々の活動と情報発信を行なってゆきたいと思っています。
皆さん、よろしくお願いします。
note
精神障害当事者会ひびき
https://www.hibiki-matsumoto.com/
精神障害当事者会ひびき Instagram インスタグラム
@hibiki.matsumoto
【所属団体】
日本精神保健福祉士協会
長野県精神保健福祉士協会
日本病院・地域精神医学会
日本臨床心理学会
日本吃音臨床研究会
